ストーマ(WOC)の日常(自宅:家具編)

2022年11月頃に造設してから早2年。

普段の生活で買い足したもの(主に家具を)紹介。

アフェリエイトの時はそう記載するけど、今回は全部ただのリンク。

 

■トイレ個室内■

①装具の中身を捨てる時、便器に向かい合って捨てる派なので腰かける用のイス

だいたい便器と同じ高さなのでちょうどいい感じに腰かけられる。

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②WOCメンテナンス用の道具を入れるストレージ、交換した装具の一時保管場所

WOCのメンテ用用品の収納や交換してBOSゴミ袋に入れた装具の一時保管用。

①のイスの下にピッタリ入るので2つ保存してある。

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■リビング

WOCメンテ用品の保管用。あとはこれらがちょうど入る棚を用意。

NボックスとかNポルダとかで場所を決めるのがいいと思う。

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退院後から安定期まで

最後まで普通の病院食は出なかった。低残渣病院食で問題なく消化できてるけどどうなるんだ?

■退院初日
昼には退院。初めての食事は帰り道のラーメン(油多め)。お腹壊すだけで済んだ。歩きと電車で帰る。

夜は地元の友達が来ていたので、イタリアンでアルコール解禁(ストーマ膨れたw)。行き帰りはタクシー使う。縫い合わされた尻が歩くと痛い...

1週間後のストーマ外来(今はWOC外来)で相談しようと決意。

■退院1週間
電車やバスも含めて30分ぐらいの場所に移動しようとすると、脂汗が出るぐらいの尿意が。自宅とか飲み屋で座っている分には大丈夫なのに。お店でて100mも歩くと切迫感が。これも相談しようと決意。ついでに尿漏れパッドを購入。

翌日にはなじみの飲み屋に退院報告ついでに飲みに行った。

■退院1か月
切迫感は経過観察、必要あれば薬出すとのこと。結果的に2か月以内には気にならなくなったと記憶。ただこの時の経験のせいか、トイレは近いかもなーってなることは今(2024.10)もある。

退院3週間目ぐらいで抜糸した記憶あり。おじさんが尻を出して悲鳴を上げていた。抜糸後は1週間もすればいやな痛みはなくなっていた記憶あり(抜糸前に立ちこぎで4kmぐらいクロスバイク乗ってたw)

■退院2か月
安定したんで術後抗がん剤治療(XEROX療法の5-8クール)開始。
結果だけいうと全4回中3回で中止(PTSD的かってぐらい、処置室入って吐き気止め点滴した時点で吐きまくってぐったりしていた)。
・血液検査のがんマーカー数値が安定していた
・CTでも異常なかった
・臨床検査でも摘出したリンパからがん細胞見つからなかった(ステージ2A?)
の3つも併せての判断だったとは思う。

食べ物もお酒も自由にやってた。抗がん剤安定期は特別制限していることはなかった。

初日の出を見にロードバイク再開。尻に優しいと信じてサドルをSelleITALIAのSP-01ショートノーズに変えてた(サドルの穴がおっきいし、分割されてるので)。効果はいまだにわからん。

https://nichinao.jp/wp/wp-content/uploads/2019/12/SP-01-BOOST-TM-superflow.jpg

SP-01 BOOST – BRANDS OF NICHINAO より


この時点で富士ヒルのホテルだけは予約してたwまずは完走できればよかろうと。

一般病棟の日常

どんどん忘れてるので、メモ程度でだらだらと。

次回は退院当日の話。

 

■着るもの

家から持って行った下着とステテコみたいなハーフパンツ、上はサブスクでついてくる病院着(だった気がする)

ゆるーいサイクルジャージだと移動するときに背面ポケットが使えることがあり便利。

 

■食べ物

重湯→粥とみそ汁→低残渣食

退院まで通常の食事は出ず。退院日から普通のごはん食べるだから、影響調査的に普通のごはん出してくれてもよかったと思う。

 

■住環境

以前書いたように個室の一番下のランク。

エアコン、テレビ、トイレ、洗面台が個室内あり。もう1つ上になるとシャワーも個室内にあるらしい。
ストーマ造設なら、匂いも出るし、メンテナンスで処理するときに前面はだけることもあるし個室は楽だった。

病院によってサービスは異なるだろうが、サブスクサービスのタオルが二日おきぐらいにどんどん来る。
管が抜けるまでは風呂には入れないので、バスタオルはタオルケットと敷パッドとして利用して蒸れ対策した。頭臭くなるんで枕にもタオルを巻いて定期的に交換、これだけでも気分転換になる。

 

■娯楽

テレビの制限なかったのでつけてた。夜も寝れないとかあるんでぼーっとしてる分にはよかった。
あとはスマホで本読む、動画見るだけど、体力無いうちは案外できなかった。

 

■運動

歩けと言われていたので、同じフロアをぐるぐる回る。5分もかからないぐらい。管がつながっているうちは、ベッドから立ち上がるのが面倒だった。
元気になってくると、外来のフロアにいってコンビニ眺めたりした。退院直前ならコーヒーとか飲んでもよかったかも。

 

■痛み止め

錠剤のやつは気休め、やっぱり点滴が効いた。消灯時間ぐらいに入れてもらうように調整してもらった。
硬膜外麻酔?どんだけスイッチ押しても効かなかったぜ。期待してたのに。

つないだ管だけが出せるもの。。。(一般病棟移ってから)

HCUから帰ってきてすぐにやったことはスマホ電源ONと家族への帰ってきたよ連絡!でもスマホの画面を10分も見たらダウン。

手術から2日たったけど、相当体力が落ちてる...

 

病室に戻って大体3日もすれば体力は回復して大分活動できるようになった。

永久ストーマなので障害者手帳や装具補助申請などのために準備始めたのもそれぐらいから。

 

前も書いたけど入院生活中、たっかい個室(それでも個室ランクで1番下)でよかったのは以下の点。

 ・消灯後もうるさくしなければTVつけっぱでOK

 ・スマホもPCももちろん寝落ちしてつけっぱでOK

 ・個別空調で温度自由に設定可能

 ・着替えが自由

 ・寝すぎて肩こり等あっても運動できるスペース

 ・トイレも別についてたのでストーマからの排泄練習も自由

 ・ストーマ交換の際の匂いとか、ほかの入院患者のことを気にしなくていい

 ・夜中のうめき声や酸素ボンベの音もあまり気にせずに済んだ

最初4人部屋希望にしたけどほんと個室でよかった。高いのでやっぱ医療保険とかがん保険は入っておいてよかった(個人的には貯蓄型で一生涯保障のやつ。掛け捨ては期間限定なら安いしいいと思う)

ちなみにレンタルWifi持ち込んだけど、入院した病院のゲストWifiが以外と速かったのでいらなかった。今ならPovoの使い放題プランで代替できそう。

 

【入院中の雑記】

・朝晩問わず、ちょこちょこ歩いた

 回復するためにも歩いた。

・ごはんは低残渣食が最後まで続いた
 1週間ぐらいで重湯→粥→普通のごはんに戻ったけれど退院までは低残渣食。退院してすぐに普通のごはん食べることになるのに...

障害者手帳の申請用診断書、保険申請の診断書の申し込み
 フォーマットはWEBページPDF取得→コンビニプリントでゲットして申請。障害者手帳も装具の補助申請も退院後役所ですぐにできるけど、大学病院だと発行に時間(2週間ぐらい)がかかるため申請しておいた。

・どんな装具(パウチ)買ったらよいか、どこで買うかの相談
 そもそも何買ったらいいかもわからないし、体に合うあわないもある。自分は運動するので汗に強いやつ、交換間隔が短いを進めたもらった。

ストーマ交換のやり方

 とりあえずだけでもできるように。その後自宅で続けると結構変わりましたが。

・事後の抗がん剤に向けた自宅の防寒準備

 投与直後は冷房の風ですら手が動かなくなるほど。エアコン+加湿器(象印)だけじゃ心もとないのでダイキンセラムヒートを購入(めっちゃよかった)。

 

 

おまけ:体に刺さった管と大体いつ抜けたかはそれぞれ以下。

・強い麻酔用(手元のスイッチ押したら出るやつ)

→3日ぐらいでとれた。

 強すぎるからボタン連打しても一定時間過ぎないと出ないって言われた...

 自分は全然効かなかった😫

・点滴用

→両腕に2本つけてたっぽい。3日ぐらいで一度外したが、痛み止め用に再度つけた。こっちの痛み止めは良く効いた。1週間以上は痛み止め入れてもらってた記憶あり。

※ほかに錠剤の痛み止めも飲んでた(たしかカロナール)

・尿管カテーテル

→3日ぐらいでとれた

 狭心症やったときに意識ある状態でぶち込まれた恐怖の記憶からビビッてたけど、抜いた日にトイレ行ってもいたくなかった❤️前はトイレ行くたびに針刺すような痛みががが😇

・腹から出てる傷跡からでる液出すやつ

→1週間ぐらいでとれた。なんか1週間はそのままにしておくのが一般的(な治療)の流れとのこと。

 

 

 

しゅじゅつ!からHCUだっしゅつまで

【入院前】

入院前日に焼肉行っておなか一杯食べた(笑)

医者に言ったら退院しても焼肉行っていいって言ってた。

 

【入院:個室】

二日前に入院。

まだコロナ過だったので(2022年秋)、午前に検査して結果が出てから。

4人部屋希望してたけどなかったのでまずは普通クラスの個室になった、結果的に最後まで個室にした(23区内の病院の室料は高い、1日4万ぐらいする!!!)。

個別空調だし消灯後TVつけてても怒られないし、専用のトイレなのでストーマ処理でにおいが出ても気にしなくていいし、いいこと尽くめだった(ほかの人のうめき声や酸素吸入器の音が漏れ聞こえてきてたので4人、6人部屋だと厳しかったかな)。

麻酔科の診断があったり、ストーマ作る位置の希望聞かれたりした。自転車乗るのでペダリングの邪魔にならないよう高めにして欲しいと要望は伝えた。

 

シーツだと熱がこもって苦手なので、多めにもらえるバスタオルを敷いて寝ていた(タオル地大好きおじさん)。

 

【手術前:個室】

だいぶ時間経って覚えてないが、前日朝から低残渣食。

当日朝は絶飲食、手術室行く前に浣腸して自分の尻から最後の排泄...

腹帯やら血栓防止用のタイツやら着て手術室へGo!

全身麻酔から起きた時の注意事項(名前呼ぶから反応して、すぐ痰吐いて)を聞く。

血を見た後の幻惑防止のための全部が緑色の手術室にIN。背骨に硬膜外打ってからの口にカバーかぶせていざ全身麻酔...手術予定は9:00~18:00 ( ˘ω˘)スヤァ

 

【手術後:HCU】

なんか名前呼ばれてる...目覚め!

寒いブルブル震える。ヒーター的なものが聞くまでとにかくブルブル。

痰を吐こうとしたら気持ち悪くて2回ほど吐いた、なんか黒いの出た。

装備は、足は血栓防止のタイツにマッサージ器、尿カテーテル、腹に水抜く用の管、ストーマ装具、バイタル(温度心拍)測るやつ、背中はボタン押したら出る強めの麻酔の管。腕は点滴、鼻に酸素吸入器...

 

とにかく鼻に管刺さるのが嫌で酸素吸入器はほとんど外してた。ストーマどうなってるか見たかったけど手術痕が痛くて腹に力が入れられなったので見えない。

手術後せん妄になったおじいちゃんがとにかくよくしゃべってた。HCUにいる間は声出す気力もなかったのでHCUにいても違うのだなと思った。ただまだ朝の4時とかいうのはやめてくれ、情報を得られるのがほぼ聴覚だけなんだ、痛くて寝るのもツライ時間の流れが遅い。。。

腸を切ってるので水も飲めない(飲んじゃいけない)、うがいだけが心のオアシス。。。周りはごはん出てたなぁ。

1日目はそのまま過ごす....

 

たぶん2日目、ストーマを初めて変えてもらうが何も見えない。レントゲンとるため移動...ができない立てなくなってる(貧血的な)。これできないと病室帰れないから頑張ってと言われるが、車いすへ移るだけ乗ってるだけで吐きそうになった。何とかやって病室へ戻れることに。ダッシュ(車いす押してもらう...)

 

 

ちなみに隣はJKだったみたい(それどころじゃない)

タイトル浮かばん(大腸がん_治療編②術前抗がん剤2クール以降)

ダメだw長文書こうとして放置が続く。

治療ネタってものがあるのに習慣化できないん!

 

 

2クール目

吐き気止めもらったけど効かなかった!オェー

 

3,4クール

ここ最近?出た吐き気止めもらった!しっかり効いた!

調子乗って点滴から3日目にランチに出歩いたら貧血になった!目の前が真っ白になってお店の床に倒れる(笑)

 

そして終わった後の検索、結果確認...

 

腫瘍はわからないぐらい小さくなったらしいが、本当に完璧に治ってるなら、引き攣りみたいな感じにはならないとのこと。

仮設人工肛門かもと言われていたが永久に人工肛門宣言。

なんかサラッと流してやることにしたけどまぁいまだに当時どういう気持ちかわからんのよね。

でも仕様上仕方ないならそんなもんかな?とは思ってたのかな?

 

そして手術。。。

ただし10年後は定かではない(大腸がん_治療編①術前抗がん剤1クール)

最後にロードバイクのコンポを一番いいやつにして音信不通...満足して〇んだめたいでしたね(笑)

2022年6月の治療開始からのんびりと生きてました。

 

今回のまとめ!

XEROX療法では髪は抜けない(抜けにくい)よ、ただし吐き気マシマシ。

・点滴1週間はから寒さ、冷たさ、乾燥が敵!

・においに敏感になって食べられるものが制限されるよ。

治療開始

前回(だいぶ前w)nitrodisc.hatenablog.com

書いた治療方針どおり、まずは術前抗がん剤でがんを小さくすることに。放射線治療はしないってことで、XEROX療法が始まった。

エルプラットっていう点滴をしてから2週間朝晩カペシタビンを飲む、1週間は旧薬期間で体を休める、3週間を1クールとする。それを4クール、12週間やるというもの。(詳しくは医療系のブログやサイトを参照してほしい)

以下最初のクールの記憶。

・点滴当日

点滴した腕の痺れ、倦怠感、微熱、吐き気。クーラーの風にあたっているだけなのに氷点下に長時間いたように手が動かしにくくなるくらいの感覚異常。冷たいものを飲むとのどに魚の骨が刺さったような違和感がでて飲みたくない。
体調悪すぎて、帰宅するならタクシー一択。
熱風やお湯だと上記症状は出ない...夏でよかった
夜は軽くなら食べれた。

 

・2日目

特定のにおいに敏感に。冷蔵庫開けたにおい、トマトソースみたいな玉ねぎ煮込んだにおいが特にダメに。
激しい吐き気。1日4回以上吐いたような...何も飲み食いできず。ほぼ寝たきり。

 

・3、4日目

吐き気変わらず。病院で生理食塩水点滴してもらってとりあえず落ち着く。冷たいものでの感覚異常は変わらず。腕の痺れはなくなる。寝たきり。

 

・5日目~

ダメだったにおいが大丈夫になる。味覚が少し鈍感になっているような...。油ものとか関係なく味が濃いジャンクなもののほうが食べやすい。寝たきり。

 

・7日目~

冷たいものもほぼ大丈夫。炭酸のほうがのどの刺激があって感覚異常はごまかし安いかも。お酒も飲み始めた。外出してみるも、寝たきりがたたって、最初は30分も歩けない。貧血みたいになる。

 

・10日目~

ロードバイクも乗り始めた。暑さもあって10km乗ったら大汗かいて気持ち悪く。軽めの熱中症?においにはまだ敏感みたい、下水から上がってくるにおいがいつもよりきつく感じる...
外に飲みにいったりできるようになった。

 

・14日目~

旧薬期間開始。10日目の時点でほぼ正常になってたので1週目で飲み食いできず落ちた体重を補うように食べてた。

 

※点滴するベッドにおいてある抗がん剤するときの心構えみたいなやつ、死ぬ前提で書いてあったよね...治療開始前から凹む。治したい一心で効果があるかもといろんな抗がん剤使った結果、どんどん弱って死んでしまったってやつ。

 

次回は2クール目以降の記憶。